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「第五回講演:サイト完成後の我が帝国について」

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サイトは無事に完成したが……

第四回講演で述べましたようにサイトはどうにか完成しました。しかしまるで人は来てくれなかった。私は孤独でした。もうダメだと思った。そう甘くはないな、と。

それでもまぁ可能性だけはあるのだから(人がやって来る可能性、お友達が登録する可能性、報酬が発生する可能性など)、いいじゃないか、その可能性を無から作り出せたことが、形としてネット上に残せたことが何より大事なのだ(こうした些細なことの積み重ねが自信を生むのである)、と自分を鼓舞した。それにこの可能性ってやつは安心をも生んでくれたのである。

そう、ポイントサイトにしても一応、お友達紹介用のバナーを貼っているのだから、もう損はしていなかった。他のポイントサイト紹介者と同じ立場に立っているわけで、私としてはある意味、それで充分でした。とりあえず一つの目標は成し遂げたのですから。

しかし半年ほどたっても人がまるで訪れないのでここだけの話、掲示板に書き込んだことがあります(これはしてはいけないこと、マナー違反なのです)。孤独に、孤独に耐えられなかったぁぁはぁ…(あの頃の苦しさを思い出しながらため息が漏れるシーン)。一生懸命、サイトを作り、文章を書き続けたというのに誰も読んでくれないばかりか訪問すらされないことが私を焦らせたのである。

確かに最初はポイントサイトのお友達紹介バナーを貼っておかないと損だ、という発想から生まれたものでしたが、いつしか一生懸命、作り出した我がサイトをとりあえず見てくれ、何かを感じてくれ、どうだ、ちみたちはこのサイトをどう思う、という風に欲求が派生していったのです。

けれどもやはり宣伝は良くない(皆さんも決して真似しないでくれたい)。そんなことをすればサイトもそして自分自身の品位をも貶めることになる。それにたとえそのおかげで人が来てくれたとしても虚しくはないか。そんなものは自分の作り出した商品を自らの手で安売りするようなものさ。

私は気持ちを改め、ポイントサイトのようにこつこつとサイトを暖めることに全力を注ぎました。大事に大事にポイントサイトの毎日クリックのようにこつこつと目の前のことに取り組み、愛情をかけてサイトを育てていったのです。

いつしかページ数も増え、それなりのサイトボリュームになったことが功を奏したのでしょうか、検索エンジン経由で少しずつではありますが人がやってくるようになりました。お友達も思い出したかのように登録してくれるようになったのです。

しかし大きな報酬には繋がらなかった。もうサイトを立ち上げてから三年ほど経過していたというのに(まぁその頃は大きな報酬が発生するようなものを紹介していなかったので当たり前ですが)。

それでも時々、お友達ができるからいいではないか、損はしていない、損はしていないぞ、それにとにかくサイトさえあればいいのだ、そういう風に考えていました。

けれども今度は、ずっと家にいることが、四畳半の部屋でパソコン画面と向かい合っていることが苦痛で仕方がなくなってきたのです。考えるだに恐ろしい今後の生活についての重苦しい不安が身も心も蝕んだのか、もう何をしてもだるく、そこに楽しさを見出せなくなっていた。何をしても虚しかった。目はどんよりしていた。もう終末へと向かっていたのでしょう(好きだった映画も見ることはなくなっていた、漫画や本もいつしか読まなくなっていた、心にそんな余裕はなくなっていたのである)。

リアルで女の子と接したい、女の子の顔を間近で見つめたい、そう強く思いましたねぇ(不敵ににやりとするシーン)。だってそうでしょう、せっかく今、こうしてリアルに生きているというのに、同じ時を共に生きている女の子の吐息すら嗅ぐことができないだなんてあきらかに損です。肌に触れることもなく終わってしまうなど私には耐えられなかった(こうしている間にも彼女たちと接しられる時間は短く、その可能性だってどんどん少なくなっていく、人生だってあっという間に終わってしまうのです)。

ネットでサイトを残したようにリアルでも何かを、生きた証を残したくなったのです。今度は外の、リアルの世界で成果を出してやろうじゃないか、と。これは当然の流れだったのかもしれません。

そうは思っていたものの、いやネットでしこしこやっている時からずっと思っていたのですがなかなか動き出すことはできませんでした。リアルで働くと言ってもただ我慢だけを強いられるような単純労働は嫌だったので。しかしポイントサイトのこつこつと同じことじゃないか、と割り切って働くことに(無論、資格も職歴もない私に残されたのは皆が嫌がる単純労働でした)。

本当はどこか明るいところで、マイデスクのあるようなオフィースや(そう、自分の机がないと仕事とは呼べないのである)、それが無理ならお店か何かでもいい、とにかく明るい場所で働きたかった。

そういうところには同じような人種が、そうしたものが好きな人種、見た目だけでなく人間的にも魅力あふれる明るい瞳を持った女の人たちが集まるからです。そういう子たちと接すればこちらの気持ちも人生も晴れやかに前向きになっていく(良い影響を受けて)。それとは反対に暗く、じめじめとしたところだと当然、同じような人種が、人生の不条理性に悩み苦しんだ挙句、常に憂いを含んだ、あるいはもはやそれに耐え切れずに諦め、人間性とともに腐りきったかのような暗くじとじとした目つきをした人たちが多くなるのは当然のこと(何を好き好んでわざわざそうしたところへ自ら入っていくというのだ)。

しかし、ネットでいくらはしゃいでいても、リアルでは年齢が年齢な上、空白期間がやけに長く、職務経歴も乏しすぎる自分には厳しかった。 ようやく本当の意味でリアルで働きたくなるお歳頃になっても、リアルで住んでいるここ日本という国ではもはや自分のしたい職には就けなくなっているのです(それに比べて我が帝国はなんと自由なことか)。 なぜなら日本は新卒至上主義なのですから。

皆さんはこの私を反面教師にして私のようにならないためにも、働く意欲がそれほどなくても、高校や大学を出たらとりあえずどこかの会社に新卒で入っておいてください。 そうしないとリアルで死ぬほど損をすることになります。ポイントサイトのお友達紹介バナーを貼ることやらと比べ物にならないほどに。

まぁ私の場合は、それ以前にリアルでのコミュニケーション能力が著しく低く(だからこもってたってのもある) 、もはや社会不適合人間であったため、そうした職場ではまるで相手にされなかった(もし私と似た経歴でも人によればリアルでも這い上がれる、そのチャンスはあるのですが)。

面接を受けて行くうちに私ほどの男にとって、無資金からの裸一貫で帝国を立ち上げ、いつしかルネッサンスを凌駕するほどの豪華絢爛たる一時代を築こうかというこの私ほどの男にとって耐えられず、考えられないことでしたが、もしやどこもダメなんじゃなかろうか、私がかつて日雇いのバイトでやっていたような 、私の最も厭うところのものであり、死んでもやるもんかと唾を吐き捨てたかの単純作業、そのスピードがいくら速くなり正確性が増したところで大した意味もなく大した金にもならん惨めな単純作業の部類しかないんじゃないか・・・、そんなアソコが縮こまる暗い考えが頭をもたげました。

いや、実際これはありえないことでした。なぜって私ほどの男がそんなもんに今さらながら従事するなんて、帝国の主の私たる男がですぞ、それがどこぞの馬の骨とも分からんような男の指示指図にただ従い、黙って労働するだなんてありえない、馬鹿げている、しかもこの歳で…。

しかし、ここは一旦、妥協するしかない、というか(妥協など私がもっとも嫌うところのものであり、カノッサの屈辱以来の大きな、歴史に名を残すほどの屈辱であった)いつしかそういう流れになっていたのです(一度、入った手前、嫌とは言えない状況になってしまった)。

それでも金は、リアルの金だけは手に入るじゃないか、そう自分を欺きました。本当は私の求めるものとは正反対の、つまり私の最も忌み嫌うところの、ただ時間の経過を待つだけの前時代的な仕事などには興味はなく、したくはなかった…(せっかく生きているのだから、何か新しいことに、わくわくするようなことに挑戦したかった。そこで働く似たような志、向上心を持つ人たちと共に成長しながら・・・)。嫌なことを自ら進んで選択するなんて私の中にはありえないことだったのです(皆さんだってそうでしょうとも)。

しかし、とりあえずやるしかなかった。とにかくきゃ、きゃね(金)が必要で……、当サイトの収入だけでは苦しいため仕方がなかった、そう仕方がなかったのです・・・(目に涙を溜めながら)。

来る日も来る日もリアル労働に励みました。ポイントサイトのクリックやサイト作成、アフィリエイトの勉強を平行させながら…。本当はリアルの仕事に邁進したかった。やっているのはあくまで労働であって仕事と呼べる類のものではなかったのです。労働だけにのめりこむことはできない相談でした。そこには夢も希望もなかった(目標としたいような尊敬できる先輩もいない)。我慢!忍耐!それだけしかなかった(耐え、我慢し続けることが最上の美徳とされ、ただそれを遵守し続けることがそこでの労働の中心だった。そう、ネットが発達、いいやもはや成熟したと言えるほどの新しい時代に、それとは真逆の旧時代的価値観を引きずる職場だったのです)。もはやムショの、刑務所の中でした…(泣きべそをかきそうなシーン)。

それでも良かったのはまずお金を手に入れたこと(長年、我慢していたコンビニでの無駄遣いができるようになった)、リアルにおいて行くべき場所ができ(ずっと部屋にいるのは苦痛で、もう何をしたらいいのか分からない状況だったので)通勤電車では毎朝、発育のいい大人びた女子高生たちを生で拝むことができたこと(リアルの女の子を心底、求めていたので)、労働をしながらでもサイトやその女子高生たちのことを考えることができたこと(過去のことを何度も思い出してしまうのは辛いですが)、そして上で述べたように外で汗を流したあとは家に帰ってきてからポイントサイトのクリックやサイト作成、チントレに励むといった風にメリハリが付いたことです(疲労のせいか頭が朦朧として集中できない日も多いが、ずっと部屋に篭り考え続けるわけにも作業し続けるわけにもいかないので)。

その頃、新しいページを追加すると、タイトルに付けたキーワードで検索結果の上位に表示されるようになっていることに気づきました。なぜかは分かりません。ページ数、サイトボリュームが増えたことと年月が経ったからそれとも私の地道にこつこつやる姿勢が伝わりGoogleに気に入れたのか分かりませんが、やけに検索エンジンに登録、インデックスされるスピードも上がり(一年くらいしても全てのページがインデックスされるわけではなかったのにその頃は全てのページがインデックスされてしました)、新しいページがすぐに反映されるようにもなっていたのです。何か別のことに(リアル労働に)打ち込んでいたことも良かったのでしょう。そういう時こそ事が上手く行きだしたりするものなのです。

サイトでは以前からチャットレディを募集していました。自らが利用するライブチャットサイトに出演するチャットレディを自らの手で生み出し、その報酬で更にチャットをしまくってやる、そう夢を見て募集していたのです(これには実際に利用しているライブチャットサイトの応援を兼ねてもいたので、一石二鳥どころではなく、もはやコンボだった)。

サイト開設後、あれは半年から1年くらい経った頃でしょうか、なぜか報酬が発生していたので驚くと同時に不思議に思ったものです。おやおや、こんな辺鄙で寂れた田舎町に一体、どうやって迷い込み、登録していったのだろうかね、子猫ちゃんは、と。なのでこの機会に紹介するチャットサイトとページ数を増やしてみたらどうだろう、これらも上位に来たりするのかしらん、もしそうなれば・・・、そんなムフフな考えが頭をよぎったのです。

予想は的中しました。いくつかのキーワードで上位に表示させることができ、月に1人か2人程度ですが、チャットレディを帝国からデビューさせられるようになったのです。これでかつて掲げた月1万円という目標はクリアできるようになりました(このまま継続的に毎月、報酬があるかは疑問ですが)。

アフィリエイトやその攻略をメインにしたサイトには(ま、実際は生きることそのものがメインテーマですが)初心者は手を出さないほうが良いと言われていましたし 、そうしたものはある程度、稼いでいる人が運営しているものと相場が決まっていましたが(実際に稼いでいないと説得力に欠けるものです)まるで稼いでいないズブの素人の私が試行錯誤の末に報酬を発生させるまでに成長したのです(サイトと共に)。

(2011年に書き留められた資料を元に追記、編集を施して2012年1月9日成人の日に発表したもの)


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