ネット生活を始めるにあたって、そもそもお金とは一体なんなのか。
まずは、それを自分なりに考え、一応の答えを出しておかなくてはなりません。
余裕と自信の源
お金とは。いいですか、お金とは、私が独断と偏見で定義しますが、お金とは「余裕を、そして自信を与えてくれるもの」ではないでしょうか。
懐にそれがあるだけで気分が違ってくる。
私は本当に貧乏なので身に沁みてよく分かるのですが、財布にマネェがあるだけで街を歩く気分がまるで違うのです。
項垂れて歩くのではなく、大股で闊歩するかんじ。
女の子に声をかけられそうなぐらい堂々とし、気持ちにゆとりができるのである。
ホリエモンが堂々としていたのも、コレとアレのせいかもしれない。
"財布にマネェがあるだけで、
街を歩く気分がまるで違うのだ。"
収入の差=影響力の差
そして収入の差は、その人の影響力によって決まってくると言えるでしょう。
そう考えれば、何故スポーツ選手や有名人の給料が高いかということも自ずと分かってくる。
私たち一般人がいくら不平を漏らしたところで、それは単に、私たちがその程度の人間、所詮「一般人」であり、一人が与える影響力など有名人と比べれば高が知れているということを証明しているにすぎないのです。
ブログを例にとっても分かるように、知名度のある人の日記ならそれだけで人が集まるが、そうでないなら多くの場合、誰にも見向きもされない。
(ネット上には凄い人が山ほどいるのは事実だが、ある程度の規模の影響力を持ち始めれば、もはや一般人とは呼べず、だからこそ「アルファブロガー」なんて言葉が生まれたのかもしれません)。
要するに、一般人とは、数で勝負しなければ影響力を持てない、ひ弱な存在なのだ、と言い換えることができてしまう。
翻って考えると、人が沢山集まれば、それだけ多くの「お金」が発生するとも言える。
影響力そのものは善悪を持たない
また、この影響力は、良い事、悪い事を問わない。
影響力そのものはある意味「馬鹿」なので、それらを認識し分けて考えることが出来ないのだ。
例えば、人を騙して金を儲けるなどの悪事を働いてもお金が発生してしまう。だが、影響力ということに焦点を絞れば、確かに人々に影響を与えているのである。
しかし悪事が発覚すれば、世間(多くの人々)が抛っておかない。
こういうことにかけては世間の力(=影響力)が何より勝り、汚染された影響力を排除する方向に進むため、結局、悪事を働いた人は多大な損失を蒙ることになる。
だから、良い子の皆は悪い事をしてはいけないんダナ。