ストレイトガールと
280万馬券の喪失
2015年。
私が既に40を目の前にしていた当時、あの子はまだ20歳かそこらだった。
翌年には仮想通貨「モナコイン」の熱狂と暴落が私を待ち受けているわけだが、その少し前、私の人生観を揺るがす出来事が競馬場を舞台に起きていた。
それは、5月の「ヴィクトリアマイル」。
牝馬(メス馬)たちがしのぎを削る、美しくも過酷な春のG1レースだ。
まっすぐで、愛を敬うエレガントな子
私は出馬表を見つめながら、強烈な直感に突き動かされていた。
ストレイトガール。
「まっすぐなあの子」。その名前は、私の心の中にいた、ある女性の姿とピタリと重なった。
そしてもう一頭、ケイアイエレガント。
「ケイアイ(敬愛)エレガント」。それはまさに、愛を敬うエレガントなあの子の特徴にも思えた。
競馬は血統や過去のデータで予想する者が多い。しかし私にとって、馬名から立ち上るインスピレーション、魂の共鳴こそがすべてだった。
「これだ」と思った。
この2頭を中心にした三連複。ここからほぼ総流しに近い形で馬券を組み立てれば、絶対に勝てる。
だが実を言うと、私は本当は「的中したくなかった」のかもしれない。
それまでに行われた春のG1レースでも、「もしかしてこの馬が来る?」という予感、私の直感が教える不思議な「しっくり感」はあった。しかし私はその直感に従わなかった。なぜなら、大金を的中させてしまえば、運気を使ってしまい、あの子を失ってしまうような気がしていたからだ。
愛かお金か、そのどちらか一方しか手に入らないと勝手に思い込み、恐れていた。
なぜ、あの時「信じる」という言葉が
降りてこなかったのだろう。
一目で恋に落ちた、年の離れたあの子。
自分なんかに興味を持ってくれることなど、ありえないと思っていた。
しかし日常の中で「あれ?」と思うようなサインが何度も起こっていた。
この時、ストレイトガールは「まっすぐなあの子」であって、ストレイトガールを信じて買うということは、そのまま「あの子を信じ切ること」なんだと分かっていれば。私は三連複どころか、三連単の頭で買うことだってできていただろうし、実際に一瞬そう思ったこともあった。
だけど、ストレイトガールはまっすぐなあの子だし、ケイアイエレガントもあの子に違いないと分かりながらも、どこかで「そんな馬鹿な、ありえない」と鼻で笑ってしまう自分がいたのだ。
「信じる」なんて、競馬でもありふれた言葉なのに。
こんな簡単な言葉すら出てこないほど、あの頃の私は冷静さを欠いていたのだろう。
そうしてあの子と出会って以来、私が何度も思っていた「ありえない」という自己否定の言葉のせいで、この奇跡のような出会いすらも「ありえない結末」にしてしまったのだ。
本当は、信じていれば十分にありえることだったのに。自分から、ありえないことにしてしまったのだ。
フジキセキとネヴァーピリオド
ストレイトガールの父親は、フジキセキである。
キセキ(奇跡)は、そうして信じることで起きるものだ。
そして母親は、ネヴァーピリオド。
ネヴァーピリオド(決して終わらない)。好きになったら止まらない。ちょっとやそっとじゃ嫌いになんかならない。
私は彼女のサインばかり気にして、その都度「やっぱダメかな」「そんなわけないよな」と不安になったりしていたけれど、本当は最初からお互いに、ありのままで好きだったのだ。
一目ぼれとはそういうものだし、そうして一度でも深く好きになったら、その気持ちはそんなに簡単には変わらないし、終わらない(ネヴァーピリオド)のだ。
他の人の場合なら短所に感じたり嫌に思うようなことでも、あの子なら全くそう思わなかったし、なんでも許せたのだから。
歳が離れすぎているとか、自分自身の欠点だとか、そんなことを気に病む必要はなかったんだ。
ただただ、自分自身とあの子を信じるだけでよかったのに。
286万4000円の的中と、ありえない結末
レースは私の最初の直感通りに決着した。
1着、ストレイトガール。
2着、ケイアイエレガント。
3着には、最低人気のミナレットが逃げ粘った。
三連複の配当は、2,860,480円。
280万馬券という、目を疑うような歴史的大波乱。
なんと私は、総流しにしていたミナレットも含め、この280万馬券を「的中させてしまった」のだ。
それは、世界が私に「あの子はお前の運命の子なのだよ」と囁き、教えてくれた巨大なサインだったはずだ。
すべての出来事が私にサインを送り続けていたのに。それなのに、私は運命を信じ切ることができなかった。「愛かお金のどちらか」などと怯え、焦って失敗し……そして、本当にありえない結末として、あの子は私の前からいなくなってしまった。
「愛かお金か」の二者択一などではなかったのだ。
本当の愛は、お金も連れてくる。なぜなら、あの子は幸運の女神であり、一緒にいるだけで勝手に運気が上がってしまう存在だったのだから。
「愛とお金、その両方を手に入れる」のが正解でありこの世の真実だった。しかし、あの子を信じられなかった私は結局、このどちらをも失うことになった。
宝塚記念と、幸運の女神の証明
あの子が私の前からいなくなって数ヶ月後に行われた、春のグランプリ、宝塚記念。
私の目の前の出馬表には、ラブリーデイという名の馬がいた。
もしあの子がまだ隣にいたら、私は間違いなくこの馬を本命にして買っていただろう。だって、私たちは間違いなく「ラブリーデイ(愛すべき素晴らしい日々)」を過ごしていたのだから。
直感は、私に告げていた。
「この馬は、絶対に勝つ」と。私の中には確信があった。
しかし、私はこの馬の馬券を「あえて買わなかった」。
なぜなら、この馬に来てほしくなかったからだ。
もしラブリーデイが勝ってしまえば、「あの子は本当に幸運の女神だった」という残酷な事実が、決定的に証明されてしまう。あの子がいない今の私には、もうその幸運を掴む資格すらないという事実を突きつけられるのが怖かった。
結果は、私の直感通りだった。
ラブリーデイは見事に勝ち、そして私の手元には、馬券の配当ではなく「あの子が幸運の女神だった」という、どうしようもなく切ない喪失の証明だけが残されたのだ。